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須方書店からのお知らせ

2020.04.12

店主の徒然日記「読書時間」

 漱石の『硝子戸の中』を、ふと手に取ってみた。今の時期カミュの『ペスト』を多く読まれていると思うけど、この本もまた、一人の時間をどう過ごすかという点であながち外れていないと思う。

 漱石が終日書斎の硝子戸の中に座し、外を見渡しても霜除けをした芭蕉だの、直立した電信柱だののほか、これといって数えたてるほどのものはほとんど視野に入ってこない。そんな漱石が、頭の動くまま気分の変わるまま静かに人生と社会を語った随想集。

 筆の流れに逆らわず、明確に物事を見極めて、切れ味鋭く言葉を紡ぐ。読んでいて気持ちが良い。「私」という字を(わたし)と読むのではなくて(わたくし)と音にすると自然とリズムが生まれてくる。そこで少し、僕が気に入った文章を引用したいと思います。

 「然し私の頭は時々動く、気分も多少は変わる。いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起こって来る。それから、小さい私と広い世の中とを隔離しているこの硝子戸の中へ、時々人が入って来る。それが又私に取っては思い掛けない人で、私の思い掛けない事を云ったり為たりする。私は興味に充ちた眼をもってそれ等の人を迎えたり送ったりした事さえある。」

それからもう一つ

 「雨の降る日だったので、私は無論傘をさしていた。それが鉄御納戸の八間の深張で、上から洩ってくる雫が、自然木の柄を伝わって、私の手を濡らし始めた。人通りの少ない小路は、凡ての泥を雨で洗い流したように、足駄の歯に引っ懸る汚いものは殆どなかった。それでも上を見れば暗く、下を見れば侘しかった。終始通りつけている所為でもあろうが、私の周囲には何一つ私の眼を惹くものは見えなかった。そうして私の心は能くこの天気とこの周囲に似ていた。私には私の心を腐蝕するような不愉快な塊が常にあった。私は陰鬱な顔をしながら、ぼんやり雨の降る中を歩いていた。」

 漱石の哲学・人格を読み解くのもさる事ながら、僕はただ文章を読むだけで心落ち着く。

 

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