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須方書店からのお知らせ

2019.08.26

店主の徒然日記『読書の秋が近づいてきた』

 先日『吉田秀和全集』が入荷した。著者は著名なクラシック音楽評論家。僕自身、名前だけは聴いていて、読んだ事はなかった。ふと興味が湧いて、値段をつけながら、パラパラと捲ってみた。すると気になる項目に目をひいた。 第一部第一章・「ベートーヴェンがどんな具合に頑固であったかについて」僕が読んだのは最初の1~2ページ。それは著者のベートーヴェン評の序文。その序文に心惹かれた。 ちょっと長いけど、引用したいと思います。

 「ベートーヴェンという人は、よほど、頑固な人だったにちがいない。私は、作曲家ベートーヴェンについていっているのである。ベートーヴェンの曲をきけば、どんな人もまず、その表現の集中性の強靭なのにうたれないわけにいかない。一つのイデーを発見するや否や、彼は、それにしがみつき、それをあらゆる角度から眺め、あらゆる発展の可能性を展開してみせてからでなくては、 手放すということがない。聴き手は、その検討の密度の高さにびっくりし、その発展の力強さに深い感銘をうける 。

 しかし、そういうなら、バッハもすでにやっている。バッハの無数のフーガ、いや、一番手近にある二声と三声のインヴェンションの、しかも最初におかれたハ長調の曲。あれは、この点で、奇蹟と呼んでもよい傑作であり、二つの線だけで書かれ、たった二二小節しかない小品でありながら、ただ一つのイデーの完全な発展の結果が、音楽となるということの恐るべき実例であって、これを凌駕した人はいない。

 では、どこが、ベートーヴェンはちがうのか?その結果が、音楽であると同時に劇になったのである。ということは、発展の仕方の中に、ものすごい緊張力の集中と爆発と解放、別の角度からいえば、表現の多様性と多層性が達成されているということになるだろう。バッハでは持続であったものが、ベートーヴェンでは高まり、広がり、深まり、自分から矛盾を生みだし、衝突が起こり、戦いが行われた末に、解決がやってくるという形をとる。音楽は、だから、多くの場合、ずいぶんと騒騒しいものになるが、それが終わった時、人びとは興奮のあとにくる充実感から生まれた勇気を抱いて、音楽会場を離れ、人生の中に帰ってゆく。そうして人間は、生きていくために、何度でも勇気を必要とする場面に遭遇する。だから、ベートーヴェンは、こんなにも多くの人びとに好んできかれるのだろう。」

 勇気という言葉を使う所に惹かれた。この前、何かのきっかけで第九を通しで聴いていみようと思い立ち、聴いてみた。一聴してみて、言いようのない高揚感を感じた。本当に、吉田秀和氏が語るように、どこからともなく勇気が湧いてくるような気がした。

 ここ数日、暑さのピークが過ぎて、暑くて耐えられないという事が無くなってきた。最高気温が35°を超える事は、そうそう無いだろうと高を括っている。ある夜、自分の部屋で窓を開けて読書をしていた。時折、カーテンがなびくほどの風が吹いてくる。ふとコーヒーが飲みたくなって、本を閉じ立ち上がろうとした時、耳に飛び込んできた。 隣の雑木林から、木が風に揺らされる音とともに鈴虫の鳴き声、それとBGMとしてかけていたベートーヴェンのピアノソナタ。一瞬の事だったけれど、それは見事な調和で、すっかり本とコーヒーの事は忘れて、気付けたことの幸福感に浸っていた。 なんだか僕の本の読み方は、 本その物より、どんな環境で、何をしながらとか、外的な要因を含めて読書をしているようである。

   

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