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須方書店からのお知らせ

2019.06.29

店主の徒然日記『串田孫一』

 先日、宅買いした本の中に、串田孫一著『光と翳の領域』の文庫本があった。

なんとなしにパラパラとめくってみる。裏表紙に書いてある解説には、「過去、

早春の林や秋山の路傍で、私は自分にとってかりそめならぬ書物の何頁ずつかを

、繰返し読んだものだ。串田さんのこの本は、久しぶりにそうした誘惑を私の心

にひき起す。透徹した眼差、しんとしてまたふくよかな抒情。ここには稀な詩人

と思索人とのまじわりがある。」と北杜夫が記していた。

 彼の言葉に興味を惹かれ、目次からゆっくり読んでみた。

すぐさま、序文に衝撃を受けた。著者の言葉に震えた。少し長いけれど、引用

したいと思います。

「曠野に道を失い、森の奥深くへと迷い込んだ時に、咄嗟に思い浮かぶ行動を否

定し、暫くあらゆる判断を差控えながら、私は何やら悦びをおぼえているのに気

が付くことが屢々あった。繁る草を分け、倒木を跨いだり、その下を潜ったりし

ながら、この地上を極めて慎ましく飾る生命の数数を発見した。そしていつの間

にか有頂天になって尾根を越え、川を渡って行くと、自分が道を失っていること

さえ忘れてしまうのだった。日が没して闇に囲まれると、夜明けを待ちながら、

こんなことをするために、道を棄てたのだ思った。

 多分それは事実だったろう。だがまたいつか道を歩いていた。光の殊更に眩し

いその道には誰も歩いていなかった。誰のものとも知れない足跡を辿って行くと

海辺に出たり、否応なしに町へと誘われ行った。道に導かれつつ、幾分か怠惰な

夢を見ていたらしく、海や町の風景が蜃気楼のように思えた。そんな時、本当は

激しい熱病に罹って、窪地の草に中半埋って、夢を見ているのかも知れないと思

った。

 私は、自分の領域を持ち、そこで小ぢんまりと身辺を整えようとは思わない。

人はそれを願い、実現もしているだろうが、この大地のひろがりには誰の領域で

もない土地がある。

 そこに降りそそぐ日光は、音にはならない。しかも優れた音楽のようである。

あらゆる美の懐胎の静けさが漲り、陶酔の持続が可能であり、それが常に約束さ

れている。

 そこはまた時には翳の領域ともなる。所詮は限度のある人間の眼にも、極めて

微細なものの息づかいが見えはじめ、万物がそれと知らずに所有する知恵が絶え

ず何かを予感しているのである。穏やかな笑顔のような躍動の中で、爽快な憩い

を必要とするものは、明るい紫色を帯びて眠る。

 この、まるで恩寵のように壮厳で、天国的な色彩を見せてくれる光と翳の領域

で、私は恐らく自分をより鮮明に見るために書いているのだろう。振り返って棄

てるべきもののやや多過ぎたことを幾らか後悔はしながらも、それも自覚という

最も困難な発見に役立っていたのかも知れないと思って、今は怯える心を鎮める。

 自負と卑下とのゆさぶりに、私の機能は低下し、判断はまたしても不確かなも

のとはなるが、それがまた、改めて、繰り返し私自身を一層誤りなく観察し、発

見し続ける意慾を湧かせる。」

 自覚という最も困難な発見には、自負と卑下との揺さぶりに耐えて、会得する

のかと納得させられた。

 時たま、書き留めている日記を読み返す時がある。たまたま開いた所が、2ヶ月

前の日付だった。

「自己否定(卑下)は、簡単に楽になる。現実逃避をしているのだから。現状を

変える為の努力をしないで済む、何もせず引きこもれば、傷付かないで済むのだ

から。そんな不安な自分を友人や知人にしゃべってしまう。それに対して友人知

人は、君はそんな事はないよと言ってもらい、僕は安心する。だけどこれは、慰

めの言葉を言ってもらいたいという甘えなのではないか。それではダメだろう、

意識的に否定的な言葉・考え方をしないように努めよう。」

 そう書いていた。

だが、僅か2ヶ月で崩れた。それは小さなキッカケで揺れ動いた。しかも予期せぬ

瞬間に。そんな時に、串田さんの文章に出会った。なんだろう、ただ単純に安心

したというのではなく、この本を読んだからといって、答えなど出ることはない

んだけど、今自分がこの事を書いてみようと意慾を湧かせてくれた。まさしく、

自分を鮮明に見るためにと。

 この本を読み始めて、自分は単純なのだと思う事があった。

ふいに嬉しい事が起きて、嬉しかった事を考えていると、悩んでいた事がどこかへ

行ってしまい、気分が晴れやかなになる。

 この文章だって書いてみて、とてもスッキリした。

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